石川県宝達志水町
末森城跡
基本情報
| 文化財の分類(出典の記載) | 県指定史跡 |
|---|---|
| 指定日(出典の記載) | 1991/10/4 |
| 所在地 | 石川県羽咋郡宝達志水町字南吉田末森村;元末森村麦生 |
| 概要・説明(出典の記載) | 末森城跡は、旧押水町の北部、末森山(標高138.8m)に所在する中世から近世初期の山城跡である。この城は、加賀・能登・越中三ヶ国の国境に近い要衝に位置するため、しばしば合戦の舞台となり、軍事史上特筆すべき城として著名である。特に末森城の名を有名にしたのは、前田利家と越中の佐々成政の間で行なわれた天正12年(1584)の「末森合戦」で、加賀百万石があるのは、この戦いで勝利したことによるとされている。確かな築城年代は不明であるが、『長家系譜』によると天文19年(1550)には、城堡が設けられており、その城主は畠山義統の家臣土肥但馬と伝える。また、天正5年(1577)には能登をほぼ制圧した上杉謙信が加賀攻略の基地として使用し、さらに天正11年(1583)に前田氏の所有するところとなり、本格的な城郭として整備され、城主として奥村永福が置かれている。第2次世界大戦まで城跡が国の保安林として乱伐禁止の規制を受けていたため、一部破損しているものの遺構の遺存状態は極めて良好で、城絵図も多く残されている。また、昭和60年度から4ヶ年にわたり実施された詳細な分布調査により、本丸に通ずる各尾根に連郭式の曲輪を設けた長期居城を目的とした県内屈指の山城であることが判明し、地形実測図が作成されている。このように、末森城跡は県内の戦国期を代表する山城であり、本県の近世史の幕開けを記念する史跡としてその歴史的価値は極めて高い。 / https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/siseki/ken1-11.html |
| 出典(提供元) | 石川県(有形以外) |
| 出典データの更新日 | 2025-11-26 |
| 地図 | 未確認 |
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宝達志水町の他の文化財
石川県羽咋郡宝達志水町北川尻ラ4-1、1-1
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石川県羽咋郡宝達志水町御舘カ他
石川県羽咋郡宝達志水町上田カ206
石川県羽咋郡宝達志水町宝達ロ93
出典: いしかわオープンデータカタログ 文化財一覧(石川県の県内全域の一覧・金沢市を除く県内18市町の一覧)(2026年8月13日出力・2026年10月31日取得)を加工して作成。ライセンス: いしかわオープンデータカタログ利用規約(CC BY 4.0 と互換)。記載内容に誤りや変更がある場合はお問い合わせください。