石川県羽咋市
後奈良天皇女房奉書(のとのくに云々)
基本情報
| 文化財の分類(出典の記載) | 重要文化財 |
|---|---|
| 種類(出典の記載) | 美術工芸品 |
| 指定日(出典の記載) | 1950/8/29 |
| 所在地 | 石川県羽咋市寺家町 ワ1 気多大社 |
| 概要・説明(出典の記載) | 後奈良天皇(1496~1557)は、後柏原天皇の第2皇子。名は知仁。生母は勧修寺藤子(豊楽門院)。大永6年(1526)4月7日に後柏原天皇が崩御したあとを受け、同29日に践祚した。弘治3年(1557)に崩ずるまでの在位期間は、皇室の最も衰微した時代で、即位式は10年もおくれて、天文5年(1536)2月26日にようやく行われた。女房奉書は、勾当内侍(女官)が天皇の意志を奉じて作成した仮名書きの奉書様式の書状。用語に独特の女房言葉を用い、本紙・礼紙2枚の料紙に、散らし書きされたものが多い。内容は、皇室領であった能登国一宮気多社の年貢銭6000疋(天文13、4年分60貫文)が、諸負代官の守護能登畠山氏から、奉行の神祇伯雅業王を経て、上納されたときの礼状である。能登に下向した上乗院道喜(後奈良天皇の皇弟)の奔走によって、遅滞していた年貢の収納が実現したと見え、端裏書から、それが天文16年(1547)のものであるのがわかる。昭和60年「石川県の文化財」より / https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/syoseki/1.html |
| 出典(提供元) | 石川県(有形文化財等) |
| 出典データの更新日 | 2025-11-26 |
| 地図 | 地図で位置を確認する(外部サービスへ移動します) |
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出典: いしかわオープンデータカタログ 文化財一覧(石川県の県内全域の一覧・金沢市を除く県内18市町の一覧)(2026年8月13日出力・2026年10月31日取得)を加工して作成。ライセンス: いしかわオープンデータカタログ利用規約(CC BY 4.0 と互換)。記載内容に誤りや変更がある場合はお問い合わせください。