石川県能登町

宝暦杉

基本情報

文化財の分類(出典の記載)町指定史跡
指定日(出典の記載)1959-11-03
所在地石川県鳳珠郡能登町寺分(影田橋横) 影田橋横
概要・説明(出典の記載)宝暦8年(1758)に植えられたと伝えられる杉である。 / 寺分と五郎左エ門分集落の間を通る珠洲道路の南側、寺分川の右岸に位置する。  宝暦年間(1751~1764)、天候不順により農作物の育ちが悪く、餓死する者も発生。こうした中で、柳田地区周辺に住むの農民たちは年貢の軽減、米の支給を求めた。しかし対応は十分なものではなく、農民たちの怒りは頂点に達し、宝暦6年(1756)には十村の宇出津村源五宅が、農民たちによって襲撃される。翌7年(1757)には年貢の脱税事件が発生し、8年(1758)に十郎原村肝煎藤次郎(高齢のため息子が代役)、寺分村肝煎勘十郎、五郎左衛門分村肝煎太郎次郎が金沢の牢屋へ入ることになったという。  このとき、勘十郎と太郎次郎は松と杉の木を植え残し、2人はそのまま帰らぬ人となった。その後、太郎次郎の植えた松を右近の松、勘十郎の植えた杉を左近の杉といって親しんだが、右近の松は枯死。左近の杉、つまり宝暦杉が江戸時代の出来事を今に伝えている。
出典(提供元)能登町
出典データの更新日2025-11-27
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出典: いしかわオープンデータカタログ 文化財一覧(石川県の県内全域の一覧・金沢市を除く県内18市町の一覧)(2026年8月13日出力・2026年10月31日取得)を加工して作成。ライセンス: いしかわオープンデータカタログ利用規約(CC BY 4.0 と互換)。記載内容に誤りや変更がある場合はお問い合わせください。