石川県金沢市

紙本著色奥村永福夫妻画像

基本情報

文化財の分類(出典の記載)県指定有形文化財
種類(出典の記載)美術工芸品
指定日(出典の記載)1986/1/14
所在地石川県金沢市出羽町 2ー1 石川県立美術館
概要・説明(出典の記載)奥村永福(1541~1624)は、加賀藩老臣奥村氏の家祖で、前田利春、利長、利家に仕え、天正11年(1583)の末森の戦に功をたて、慶長4年(1599)剃髪して快心と号し、寛永元年6月12日に84歳で没した。法号を永福院殿快心宗活居士という。夫人は名を安、尾張の加藤与三郎の娘で、末森の戦に勇名をとどろかせたことで知られる。寛永4年(1627)2月22日没。法号を松寿院殿心窓永安大姉という。永福像は、1枚の紙に、斜め右を向き、黒染の法衣に絡子をつけた法体姿で、右手に扇子、左手に数珠を持ち、上畳に坐る姿を描く。向かって右側に太刀を立てかけ、左背後に水墨の竹図を描いている。画面上部は、御簾と斗張を配し、それらにつけられた紐が左右に下る。顔は剃髪後の晩年の面貌をよくあらわし、黄褐色を塗り、額やこけた頬に肥痩の目立たぬ描線で多くの皺を刻む。夫人像は、1枚の紙に、斜め左を向き、扇面散らしの華麗な小袖を着て絡子をつけ、頭巾をかぶった法体姿で、右手に数珠をかけ、両手を組んで、上畳に坐る姿を描く。向かって左背後に水墨の竹図を描き画面上部途中から御殿軒先に御簾と斗張を配している。顔は永福像と同様晩年の面貌で温和な表情をうかべ、白いろを塗り、肥痩の目立たぬ柔軟な墨線で描かれている。両像とも装飾的に描かれ、桃山時代の気分が残る秀作で、制作年代は江戸時代初期の寛永年間は下らないと思われる。 / https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/kaiga/k-23.html#k-23-2
出典(提供元)石川県(有形文化財等)
出典データの更新日2025-11-26
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出典: いしかわオープンデータカタログ 文化財一覧(石川県の県内全域の一覧・金沢市を除く県内18市町の一覧)(2026年8月13日出力・2026年10月31日取得)を加工して作成。ライセンス: いしかわオープンデータカタログ利用規約(CC BY 4.0 と互換)。記載内容に誤りや変更がある場合はお問い合わせください。