石川県津幡町

北国街道倶利伽羅峠道

基本情報

文化財の分類(出典の記載)県指定史跡
指定日(出典の記載)2009/4/28
所在地石川県河北郡津幡町字竹橋;下中;原;上藤又
概要・説明(出典の記載)江戸時代の北国街道は、古代律令制で確立した、日本海沿岸を経て東北に至る主要幹線道「北陸道」に端を発しており、「北陸道」、「北国路」、「北国往還道」とも呼ばれる。北国街道倶利伽羅峠道は、古来から加賀、越中の国境に位置する交通の要衝として知られる山越えの道であり、竹橋宿(津幡町字竹橋)から森村(同字山森)、倶利伽羅村(同字倶利伽羅)を経て、富山県小矢部市石坂、埴生に至る経路をとる。そのうち、現在、津幡町道竹橋倶利伽羅線の一部となる、竹橋集落の東側約1キロメートルの地点から山森集落の西側約700メートルの地点までの延長約1.9キロメートルの尾根伝いの道は、大規模な道路の拡幅や路面舗装がなされず、また、尾根筋には切り通しが良好に残るなど、江戸時代の街道の原状を良好に保っている。県内の北国街道が、明治時代以降の道路の拡幅や路面舗装により、延長約75キロメートルの大部分が大きく変容する中で、この延長約1.9キロメートルの道については県内で最も長い経路で江戸時代の街道の姿を良好にとどめるものである。これは、明治11(1878)年に天田峠を越える新道が建設され、交通の要衝の役割が移動したことによる。このように北国街道倶利伽羅峠道は、県内で最も長い距離で江戸時代の街道の原状を保った貴重な道路遺構であり、その文化財的価値は高く、史跡に指定し、その保存を図ることが必要である。 / https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/siseki/ken1-14.html
出典(提供元)石川県(有形以外)
出典データの更新日2025-11-26
地図未確認

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出典: いしかわオープンデータカタログ 文化財一覧(石川県の県内全域の一覧・金沢市を除く県内18市町の一覧)(2026年8月13日出力・2026年10月31日取得)を加工して作成。ライセンス: いしかわオープンデータカタログ利用規約(CC BY 4.0 と互換)。記載内容に誤りや変更がある場合はお問い合わせください。