石川県金沢市

寛文七年金沢図

基本情報

文化財の分類(出典の記載)県指定有形文化財
種類(出典の記載)美術工芸品
指定日(出典の記載)2010/4/2
所在地石川県金沢市本多町 3の2の15 石川県立図書館
概要・説明(出典の記載)金沢において本格的な測量による城下町絵図が作成されたのは、正保(しょうほう)年間(1644~1648)に幕府に提出を命じられてからとされており、現存する最古の大型絵図が、この「寛文七年金沢図」である。 この絵図は、前田家の武家屋敷地の配分と管理を担当する普請会所が作成したとされており、大きさは南北560センチメートル、東西501センチメートルと巨大であり、縮尺は一分一間の分間図であることから、600分の1となる。 測量線である朱線が道路中央に引かれていることから、測量に基づく地図として作成された絵図であり、絵図下の凡例注記によると、「寛文七年金沢図」に先行して、同形式の絵図が万治3年(1660)に作成されたこと、また万治3年以後の屋敷替えにより絵図を改訂する必要が生じ、寛文7年(1667)10月までの屋敷地変化の調査を反映させたものであることがわかる。 絵図には約3,600件にのぼる文字の記載があり、このうち人名は約1,750件である。人名のうち、約6割は寛文11年(1671)の侍帳に記載されており、残り約4割の多くは下級の藩士である。前田家中のうち平士以上の藩士にとどまらず、下級の藩士の中でも、藩主に近侍する者など特定の人材を選び、その住居が詳細に記載されていたことがわかる。これらの記載内容から、「寛文七年金沢図」の作成目的は、直臣を中心に、城下に住む前田家中の住居を明確に把握するためであったことがわかり、貴重な武家資料といえる。 一方、惣構堀を境界線にした重臣の居屋敷・下屋敷の配置、寺社屋敷の配置など、身分別の町割りも明らかになっており、城下の構成が明確に読み取れる。 「寛文七年金沢図」は、江戸前期の金沢城下の土地利用のあり方および、当時の身分秩序や職能に応じ住居が配置された実態を正確に示すものであり、前田家5代藩主前田綱紀(つなのり)の治世、都市政策に対する考え方を窺うことができる貴重な絵図であり、有形文化財として指定し、その保存を図ることが必要である。 / https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/rekishishiryou/k-17.html#k-17-1
出典(提供元)石川県(有形文化財等)
出典データの更新日2025-11-26
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出典: いしかわオープンデータカタログ 文化財一覧(石川県の県内全域の一覧・金沢市を除く県内18市町の一覧)(2026年8月13日出力・2026年10月31日取得)を加工して作成。ライセンス: いしかわオープンデータカタログ利用規約(CC BY 4.0 と互換)。記載内容に誤りや変更がある場合はお問い合わせください。