石川県小松市

多太神社回向札

基本情報

文化財の分類(出典の記載)小松市指定文化財
種類(出典の記載)歴史資料
指定日(出典の記載)2015/11/3
所在地石川県小松市上本折町72多太神社 多太神社
概要・説明(出典の記載)多太神社の回向札は、歴代の遊行上人が斉藤実盛の回向(死者の成仏を願う供養)とあわせて多太神社に奉納した木製の札で、19 枚に及ぶ。 遊行上人による実盛回向の起源については、『満済准后日 記』の応永 21 年(1414)5月 11 日の条に、遊行 14 代太空が加賀国篠原(現加賀市)で実盛の亡霊に遭い、念仏を授けて霊を鎮めたという逸話がある。多太神社に実盛着用と伝えられる 兜等が伝存されていることから、遊行上人は当社にも立ち寄り、回向札を奉納するようになったと考えられる。 遊行上人によって奉納され残されている回向札の年代は、次のとおりである。 年未詳(康応 2 年(1390)カ)(4) 寛永 6 年(1629) 承応 4 年(1655)寛文 12 年(1672) 元禄 2 年(1689) 元禄 12 年(1699) 正徳 4 年(1714)享保 14 年(1729) 延享 2 年(1745) 安永 2 年(1773) 寛政 6 年(1794)文化 12 年(1815) 明治 10 年(1877) 明治 28 年(1895) 明治 42 年(1909)大正 8 年(1919) 昭和 8 年(1933) 昭和 31 年(1956) 平成 17 年(2005) 遊行上人による実盛回向の話は、室町時代には都にまで伝わり、醍醐寺三宝院の『満済准后日記』にも記されている。この話をもとに世阿弥元清が猿楽能「実盛」を作成したことでさらに広く知られるようになり、近世以降、遊行上人による実盛回向と多太神社への回向札の奉納がなされている。 回向札には「南無阿弥陀仏」の名号のほか、年月や上人の名前などが記されていて、遊行上人による実盛回向を知るうえで貴重な資料であり、歴史的・民俗的価値が高い。
出典(提供元)小松市
出典データの更新日2025-11-27
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